vermilion::text 1524F 「上方から」 β

窓の下には雲海が広がる。
傍らのリュートを取り上げ、かき鳴らす。
左手で和音を作り、右手でアルペジオ。もう手癖となった進行だ。
あの日聞いた少年の歌声が耳から離れなかった。私はそれに伴奏をつけた。
あの少年は何処へ行くのか。出られないと言われているこの塔の何処へ向かっているのか。そもそも下降しているのか、上昇しているのかも分からない。私はこの場に留まるしかない。
下方の雲海が散り散りになっていた。周囲を霧が囲む。上方の雲が降りてきた。
私は窓を閉め、空調設備を調整した。何時からこの仕事があるのかを私は知らない。